飲食店における同調圧力とはなにかを考えてみる

飲食店における同調圧力とはなにかを考えてみる

とんでもない一年になった2020年。新型コロナウイルスの影響で経済は停滞し失業率、自殺者数の増加に加え、自粛警察やマスク警察、コロナ脳様々な新語を作り上げた年であったと感じている。

マスクをするのがマナーという『世間』の風潮になり、真夏の炎天下の中でも当たり前のようにマスク着用している光景が茶番劇としか思えないような状況を目の当たりにし驚愕した。みんなしているから着用している、いわゆる同調圧力が働き、おかしな現象を生み出したのである。

後の文章でも活用するが、同調圧力=みんな同じ。一番強い集団、多数派や主流派の空気に従えという命令みたいな物が同調圧力。同調圧力を生む根本は『世間』と呼ばれる日本特有のシステムがあり、コロナが凶暴化した事によって荒れるSNS、自粛警察が生まれてしまった。

『世間』の特徴は所与性と呼ばれ、今の状態を続け、変化を嫌う事。東京都知事選で小池氏が歴代2位の366万票を獲得し、前回より75万票も多い投票数で当選した。新しい政策を行おうとしている若い政治家や面白い政党(ホリエモン新党)には見向きもせず、むしろ生活を変えたくない(所与性)人が大多数だった事を意味する選挙だったと思っている。

大阪都構想も同様であり、少子高齢化に伴って変化を求め追求しなければならない時代、年金受給者はコロナが怖い、自分が生きていれば問題ないような考え方や行動が目にとって分かる。あなた方は2030年、2040年この世に居ないかもしれないけど、子や孫、さらには曽孫が日本を支えていかなければならない時代に、新型コロナウイルス騒ぎで日本は無茶苦茶生きにくい世界に入ってしまった。

打破する手段はあるのかないのか、『世間』で成り立っている限りは無理だろう。個々の『社会』が強くなり、海外のような大型デモを起こさない限り日本の政治が変わる事はない。

昔から日本は『世間』で生きてきている。1940年7•7禁令、贅沢品の製造や販売を禁止したリストがあった。高級品、例えば◯円以上の果物は駄目ですよ、腕時計や靴、シャツなどもリストに入ったそうだ。その時のポスターに、「日本人なら贅沢出来ない筈だ!」と。

日本人なら要請に応じて自粛する筈だ、という感覚。自粛しないのは非国民。それを日本人は美徳とか民度という人がいるのが現状。勿論、海外にも似たような世間は存在するそうだ。お隣韓国では目上の人の前でお酒を飲む時、口元を手で隠したり横向いて飲まなければない無い。日本でいう年功序列、先輩後輩の様な『世間』でしょう。

さて、前置きはこの程度にして本題は、飲食店における同調圧力ついて書いていきたいと思う。2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されてから日本の飲食店バブルが凄いとしか言いようが無い。味は勿論、派手さやファッション、エンタメ化しつつあるグルメ界で今あるべき姿や今後残っていくお店はどんな所かという面も含め、コロナ禍でおかしい、これは同調圧力だろの疑念も含めて書いていこうと思う。

飲食店の同調圧力

私のブログを見て頂いている方はご存知だと思う。2019年頃から新規開拓の食べ歩きを少なくした。全国7万軒以上レストランがある中、人生三回は繰り返さないと食べ切れない程の店舗数。それだけ飲食店が増えたという事だろう。

沢山食べ歩き、インプットしてアウトプットを繰り返す。自分の経験値が上がるし、人から◯◯駅周辺、◯◯県行くんだけどオススメの店教えて!と、聞かれて自信持って応えられる。私の中ではそれが承認欲求だったのかもしれない。お店の数だけ料理人もいる訳で、自然と会話が弾み仲良くなった事も少なく無い。

新規開拓をしなくなった理由は主観になってしまうが4万円近く払ってひどい店に出会ってしまったからである。SNSでは話題だし、グルメサイトでも高評価&度々紹介されている超有名店。楽しみに行き残念過ぎて、帰りの落胆には、思い出すだけで悲しくなる。(その数日前にも別の店で悲惨な目にあってから意欲が弱まったのも一理ある)
私の体調や店主のコンディション、はたまた時化でネタが無かったのか?いや、冷静に考え友人と話し合った結果料理として成り立っていなかったという結論に至ったので主張を曲げる事はない。

ここで皆さんにお聞きしたいことがあります。単純にあのお店に行きたい!と、思うきっかけて何でしょうか?

人にすすめられたから?
SNSで見つけて気になったから?
有名人が行ってたから?

これだけテクノロジーが発達しているから情報はいくらでも入ってくる事は間違いない。あの店行ってみたい、こっちの店も気になる、極自然な現象だと思う。しかも人間は必ず腹が減る。腹パンパンになるくらい食べようが、翌日には腹が減っている。熊みたいに冬眠前に食い溜めして何ヶ月も生きられる能力は備えていない。

あの店に行きたい!と思うきっかけ、私はSNSや有名人枠が多いと思っている。綺麗に加工した写真、有名人が旨そうに食べている姿や、自身もあれを体験したいから足を運ぶのだと感じる。有名人と定義したが、あなたの周りにいる『有名な人』という定義で話していこうと思う。決してTV番組で演技している俳優でも無く、大物芸能人でも無い、近辺に存在する有名な人。先ず有名な人に対して書いていこうと思う。

日本人特有の身分制・平等主義ルール

ビジネスマンが初めて会った人と必ず名刺交換をするのは日本特有のシステムらしい。会釈しながら相手の素性も分からないけど笑顔で話しかけ、二言目には名刺を差し出し、名前より会社名を最初にチェックする。会社名を知らなければ、何をやっている会社なのかを聞き、お互い知っている限りの知識で話を広げようとする光景、皆さん経験無いでしょうか?

日本人は名刺交換すると安堵するらしい。相手が目上の人なのか、目下の人なのか、目上の会社なのか、目下の会社なのか、身分制のルールによって敬語を使うべきなのか、適当な対応で良いのか、身分によって対応を変える事は幼少期から柔軟に出来る体質になっているの教育を受けてきている。

2018年の情報通信白書に興味深いデータがある。欧米諸国に比べ日本は他人への不信感が強いという調査結果が出ている。ネットで知り合う人を信頼できるかどうか見分ける自信あると答えたのが、日本は2割、英独仏6から7割。ネットで炎上がくりかえされるのも当然。欧米では12世紀以降成立した個人とは、人間関係の自立的に判断する能力を持つ人のことだと思うのです。一方日本人は「身分制のルール」があるため他人を信用できるかどうかは世間の中の立ち位置。名刺や肩書きで判断する。

私の話す有名な人とは、
〇〇会社社長の◯◯さんがあの店に行っているから気になる!
◯◯店の店主が行っているから絶対旨い!
一見予約困難の◯◯店へ毎回行っているあの人は凄い人!

『世間』が勝手に作り上げた有名な人を、あなたも勝手に凄い人と勘違いしていませんか?何十店舗も経営している◯◯さんは凄い人だから、あの人の言う事は間違いない。

冷静に考えて下さい。何十店舗も飲食店を経営している◯◯さんが凄いから信じるんですか?◯◯さんがコロナで全店舗閉店してしまったら、〇〇さんは信用出来なくなるんですか?私が過去繋がった連中はほとんどが身分制のルールに従い、人では無く『世間』の立ち位置で判断している人ばかりだった。今でも体制は変わらず、◯◯がここへ行ってくれー!SNSでシェアして欲しい!と投稿すれば、宗教の如く拡散される姿を見ると反吐が出る。

勿論、私はそんなのが嫌でFacebookもInstagramも辞めた。

主観になってしまい、美味しい美味しくないの話になってしまうが御了承下さい。私も数年前は◯◯さん(有名な人)が行っているお店が気になったり、いつかは絶対に行こうと張り切っていた。色々な方が主催する飯会に参加して繋がりを作り、いつか誘ってもえたら有難いなくらいだった。すると、皆色々なお店の予約枠を持っており誘ってもらい予約一年待ち、月初の◯日に一斉予約開始で何百回電話して確保した席に招待され、普段行けないような店にも行けるようになった。

ずっと気になっていた憧れのお店!期待を膨らませ、いざ行ってみると。。。期待値の方が優ってしまう事が多過ぎる。美味しいお店とそうでない店が白黒はっきり分かれた。コスパ重視のお店は、結局コスパが良い!の一言で片付けられてしまい、値上げしたら皆行かなくなるのは目に見えている。店主のキャラが愛され行く連中も目にする事があるけど、結局コスパ重視な群と予約困難店へ行けているステータス群(ここでは有名な人の枠)ばかりだった。

有名な方が小さな『世間』を作り出し、勝手にその人が発した事は絶対的みたいな風潮になって何も考えず従う体制になったのだろう。会社も一つの『世間』、学校も小さな『世間』、食べ歩き仲間も一種の『世間』で成り立っている。『世間』に居る一番偉い、肩書がある人が有名な人、と位置づけされてしまっている。

相手を信用出来るか否か、自分の洞察力を見抜かないと痛い目にあうという事が分かった過去の時間でもあった。

 

話は戻り、身分制のルールには人間平等主義ルールというのもある。あの店はなんでやってるんだ。新型コロナウイルスで営業自粛要請が出ていたにも関わらず一部のパチンコ屋は開けていて公平じゃないと批判の仕方になる。みんな同じが好きな日本人ならではの考え方であり自粛警察が騒動となった。

『村八分を守る側vs村八分を破る側』

緊急事態宣言後、飲食店は軒並み1ヶ月休業した。個人的には緊急事態宣言もただの宣言であって、自粛要請も要請なだけなので何の効力も無ければ言葉の意味も曖昧過ぎてよく分からないけど、同調圧力によって実行された。

私の経験した話で言うと、生活掛かっている店舗や人も多くいる。休業補償が決まったけど従業員を抱えている会社は雀の涙の補償金額。とてもじゃないけどやっていけないと、営業している店もあった。その時、とあるお店の店主は店名こそ名指しにしてなかったけど、分かるように『近所の◯◯店は緊急事態宣言にも関わらず、夜まで営業していて有り得ない!』みたいな投稿をしているのを発見してしまった。また違う店舗では、『隣の鮨屋が自粛しろうるさくてやってられないわよ。しかも、昼間やってても言われるんだからたまったもんじゃない!』

どちらも直接目にして聞いた話。全国的に見たら自粛警察の攻撃は酷かったことが予想出来る。
日本人特有の同調圧力と人間平等主義ルールが働いた場面が多くなったのも現状。あなただけ儲けたらダメだよ!と、言っているようにしか感じなかったのである。今回の同調圧力を作り出したのは政府であり行政が一番強い集団であった。

SNS・承認欲求

次はSNSについても書いていこうと思う。有名な人、と多少重なっている部分があると思うけどSNSで飲食店のあり方が180度変わったと思うので記していきます。

単純にSNSは色々な母体がある。Facebook・Instagram・Twitter、三つを軸に考えていきたい。上でも書いた通り、私はFacebookとInstagramが同調圧力を生み出している要因だと思ったので辞めた。

Facebookは一つのコミュニティで形成されている。単純に会ったことある人や昔学校が一緒だったグループの集まりだと思っている。学校単位で考えて貰うと分かるけど、成績が優秀な人も居れば運動神経抜群の人も居る。あの人はカッコいいから好きだし、あいつはデブだから苦手、頭の良い人も居れば、成績が悪い生徒も居る。学校のクラスなんてのは好きなもの同士の集まりでは無いので仕方ない。趣味も多種多様であるが、大人になってからFacebookで繋がると大体共通の趣味で会うことが多い。

Facebookで、いいね!の数を気にするのは自分がどう評価されているかに敏感になる。何を食ったか、誰と会ったか、何をみたのか、それに対する反応を見て自分自身への評価にしてしまう。自己肯定感とか自己承認というのは終わりがないから、欲求はきりない。いいね!数値化され、目に見える形で自分が支持されているかどうかもわかる。

あの人いつも、いいね!してくれないから外そうかな。と、考えてしまう真理を作り出すのも学校で仲間外れにする感覚と同じだと思う。Facebookはうちうちの関係しか無いので『世間』しか無く、外の『社会』が一切無いのが特徴のSNS。『世間』でしか成り立っていないSNSはやっているだけ時間の無駄だと思い辞めた。

Instagramは『世間』と『社会』が混じり合っている。

Facebook同様、実名でやると知り合い同士で繋がる事が多い。友達申請をして繋がると言うよりは、相手をフォローしてフォローした人の投稿が見られるようになったり、リアルタイムのストーリーが覗けるようになる。ただ、Instagramは自分の興味あることに特化したSNSでもある。食べる事が好きなら、グルメな方をフォローして参考にしても良い。旅が好きなら、日本全国放浪している方をフォローして参考にしたりもする。

皆考える事は同じで、いいね!が欲しいから写真を加工したり、超人気店へ足を運んでいる光景を目の当たりにする事が多い。雲丹にキャビアがたっぷり乗った写真やブランド物に本鮪の腹上をのっけて写真を撮ったりとか、食に関しては様々だ。勿論写真を撮る事に関して文句を言っている訳ではなく、写真を見返して味を思い出し余韻に浸る事だって私もある。

先日、鮨屋と焼鳥屋で体験した出来事。料理が運ばれてきたのに一向に食べず、ずっと写真を撮っている人をに出会ってしまった。料理は出来立てが温かくて美味しい。鮨は時間が経てば経つほどシャリが固くなり、焼鳥が肉が冷えて凝固してしまう。私はその時思った。この人達は食べるのが好きなんじゃなくて、写真を撮りたくて自分がリア充な感じをInstagramに載せて承認欲求を満たしているのか!と。身銭切って食べ飲みしているのかも怪しい連中に対して(特に女性)、お店側もやるせない気持ちにならないのかと疑念を抱いてしまう。

Instagramの『世間』は、フォロワーが多い人ほど有名な人と位置付けされるでしょう。何万人、何十万人フォロワーを獲得している人はストーリーや写真を投稿をすると、相当数が観ている事になりビジネスにも繋がる。仕事にするには知名度が無いと難しいレベル。フォロワーを増やす事によって数値化され、満足度を得ているのでしょう。上には上がいる世界、キリがないが皆一生懸命良い写真を求めて各所に足を運ぶのだと感心している。

Twitterは『世間』より『社会』がメインのSNSだと思っている。

日本の場合、Twitter匿名率75.1パーセントにのぼる。アメリカ35.7%、イギリス31%、フランス45%、韓国31.5%、シンガポール39.5%。日本以外の概ね3から4割程度。日本だけが突出して高い。

匿名性で誹謗中傷も多く、芸能人も自殺に追い込まれるなんてニュースもある。普段の生活でストレスを溜めて、実名では発せられないような事を呟いている特徴も確かにあるが、自分が興味持った事を発信している有識者の声が聞こえる。140文字以内で重要な単語を並べて分かりやすく勉強の場になっているのも正直な意見である。

知り合いと繋がる事もあると思うけど、文章力や言語力の表現でフォロワーが増えるので私は勉強しながら活用している。まっ、いいね!が付くよう、承認欲求を求めている層も勿論多いのが現状です。

 

SNSよってお店の客入りが左右する事実は否めない。『世間』に応えて飲食店もFacebookで有名な人に好かれるような接客や料理を提供したり、Instagramで映えるような料理や姿をメインにしているお店も増えた。エンタメ化されたと言われたら一言で完結されてしまうかもしれないが、今後何年も何十年も飲食店をやっていくのであれば、実直かつシンプルにやっていくのがいいと思っている。心理学で言うと、人は三年単位で今までやった事に飽きてしまう修正もあるから。早い人だと一年単位というデータもある。

募る想いは山程あるけど、今後の飲食店は安直な気持ちでやらない方が良い。一年経っても新型コロナウイルスの影響で自粛要請が掛かりお酒の提供19時まで、20時営業終了と余儀なくされている。WHOの調査によると毎年新型ウイルスは世界で発見されていいて、いつ猛威になるか分からない。その度休業や自粛をしていたら自身の生活もままらなくなるでしょう。

『今後の飲食店』と言うテーマで次回は書いてみたいと思う。

飲食店における同調圧力とはなにかを考えてみる

参考文献は以下の本を参考にさせて頂きました。『同調圧力』『自粛警察』『承認欲求』『忖度』『空気』『世間』『社会』少しでもコロナで息苦しいと感じている方がいるのであれば、読んで欲しい。同調圧力は無くならないけど、少しでも回避出来る生活のヒントがあると思います。

同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか (講談社現代新書)

「空気」と「世間」 (講談社現代新書)

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